東京高等裁判所 昭和32年(ネ)2520号 判決
一、控訴人が昭和二十六年三月七日バドミントン競技用の羽子について特許を出願し、その主張の公告を経て、昭和二十七年八月二十一日に「可塑物製羽子」なる名称のもとに権利を得たこと(特許第一九五、七四七号、後記甲第一号証によれば昭和二十七年八月二十一日は査定の日で、登録は同月二十八日にされたことが明らかである。)及び被控訴人が原判決目録記載並に図面表示の物件又はこれと同種の羽子を製造販売していることについては、当事者間に争いがない。そして成立に争のない甲第一、二号証(特許原簿謄本及び特許公報)によれば、控訴人はイギリス国の国籍を有する法人で、その主張の優先権に基いて前記特許出願に及んだ事実を一応認めることができる。
二、控訴人は被控訴人製作販売にかゝるこれらの羽子は控訴人の前記特許の権利範囲に属すると主張するので、この点について検討する。
控訴人の本件特許の特許公報に、特許請求の範囲として、「本文に詳記し且図面に示した様に支幹は、それから延長し且それと同体の多数の力骨を有することを特徴とする頭と互いに同体な支幹を有するスカートとから成る羽子」との記載があることについては、当事者間に争がなく、右記載は、その文章の構造に、成立に争のない甲第二号証(特許第一九五、七四七号の特許公報)中控訴人の前記発明の詳細なる説明として記述されているところを参酌し、かつ成立に争のない甲第五号証、第九ないし第十一号証、第十六ないし第十八号証(沼田新助、大野晋、山田勝三、吉見義明、小川潤次郎の各鑑定書)、第十三、四号証(別件の証人沼田新助、大野晋の各尋問調書)及び原審証人大野晋(第一、二回)、沼田新助、山田勝三の各証言をも参照して考えれば、(一)本件発明の羽子は、支幹がそれ(支幹)から延長し、かつそれ(支幹)と同体の多数の力骨を有することを特徴とすること、(二)右羽子は頭とスカートとから成ること、及び(三)支幹は互に(支幹と他の支幹とが)同体であること、の三点を意味するものと解することが相当であつて、なお右記載には材料について何ら触れていないが、右甲第二号証の特許公報に発明の名称として「可塑物製羽子」と記載されてあること、及び発明の詳細なる説明の全般の記載を併せて考えれば、少なくともそのスカート部の材料が可塑物であることは疑ないところであるから、結局控訴人の本件特許の権利範囲は、「頭とスカート部とから成り、かつそのスカート部は互に同体である支幹を有する可塑物製のものであつて、その特徴として支幹はそれから延長し、且つそれと同体である多数の力骨を有する羽子」である点に存するものと、一応認定することができる。そして、その発明の目的は、可塑物製羽子の有孔スカート部を一回の成型操作で一片に製造し、バドミントン競技用羽子たるに必要な軽さと、丈夫さと、風の透過に対する抵抗性とを帯有する羽子を迅速に製造せんとするにあることは、前記甲第二号証の特許公報中発明の詳細なる説明の項の記載によつて明らかである。成立に争のない乙第十九号証の一、二、第二十号証の一、二、三、第二十一号証の一、二、(日下繁、梶谷昇次、小山欽造の各鑑定書、鑑定補充書)第二十七、八号証(別件の証人日下繁、梶谷昇次の各尋問調書)、原審証人日下繁、梶谷昇次、小山欽造の各証言等によつても、前示一応の認定を左右し得ない。被控訴人は、バドミントンの羽子のスカート部を可塑物で形成することの技術思想は従来公知であつて、本件特許発明の要旨に属しない、と主張するが、仮に特許の内容である発明が公知の技術思想で構成されていたとしても、特許法第八十四条の審判でそのことが確定されない以上、発明の要旨はあくまでも特許請求の範囲の記載により判断すべきであり、したがつてそのことは、本件発明の要旨に関する前示一応の認定の妨げとなるものではない。また、本件発明の要旨を前示のように解するについても、同体というのは要するに切断されていないことを意味するに止まり、必ずしも被控訴人が主張するように相互に全く附着してしまつたことをいうのではないから、羽子の用をなさないという非難は当らないし、また前記文章の前半は支幹と力骨との同体であることを指し、後半は支幹と他の支幹とが同体であることをいうのであるから、前後重複のきらいはない。更に、本件発明の特徴はスカート部に存するが、発明の物としては頭とスカート部とから成る羽子であるから、本件特許の公報(甲第二号証)の発明の名称や特許請求範囲に前記のようにそれぞれ羽子と記載されてあること(特許請求の範囲の附記についても同様)は、当然であるというべきである。次に、本件特許の明細書(甲第二号証)にその実施例として頭部とスカート部とを一本に成型された羽子を図示説明されていることは、被控訴人の主張するとおりであるが、同書中、特許請求の範囲や、発明の詳細なる説明の他の記述と対比して、これを読めば、それは一実施例を示すに過ぎず、本発明の実施態は単にこれに止まらないとするのが相当であり、その図面の略解の項や、実施例の説明などが被控訴人主張のごとき文言をもつて始められていることも、必ずしもかく認定することの支障とはならない。ことに、発明の詳細なる説明の項に、まず「本発明の目的は可塑物製羽子の有孔スカート部を一回の操作で一片に製造せんとするにある。」と明記し、頭、支幹、力骨がいずれも同体である実施例について説明したのち、「頭を支幹と同体に成型することは有用であるが通常のコルク頭を第1図の5、6間のスカート部分に固着することができることは明かである。」と特に注意してあることを見ても、本件発明の要旨はスカート部の構造に存し、頭部とスカート部との結合に存するものではないといわなくてはならない。そして、発明の詳細なる説明のかゝる記述が、特許請求の範囲の記載の内容を逸脱するものではないこと、前に後者の文意として一応認定したところに照して明らかである。被控訴人は亦かゝる記載は本件特許の優先権主張の根拠たる英国特許の明細書には存在しないというが、優先権主張による出願に当つては、当該連合国人の最初の特許願の明細書の記載事項中に、我国に対する出願の内容があればよいのであつて、両者の特許請求の範囲の記載が完全に一致する必要はない。むしろ彼我の法制の相違にしたがつて、その表現の方法の異なることは、当然であるというべきである。しかも、成立に争のない乙第二十三号証の一(英国特許の明細書、一九五〇年特許出願第七、三四九号)をしさいに検討すれば、右原特許も亦必ずしも頭とスカートとが一体をなすことを要件とするものでないことを疏明するに難くない。被控訴人は、本件特許において、スカート部のみをインジエクト・モールデイングの方法で塑造すること、及びこれを頭部に固着させることは不能であると主張するが、インジエクト・モールデイングの方法によつてスカートを作ることは必ずしも本件特許の要件となつていないと認められるのみならず、原審証人山田勝三、大野晋(第二回)の各証言によれば、それは通常の技術によつて可能であることが示唆されるのであつて、被控訴人の右主張も採用できない。もしそれ、さような施工方法が経済的に採算のとれるものであるかどうかの点に至つては、発明の要旨の認定につき関係のない事項であるというのを相当とする。ところで、被控訴人の製造販売にかゝる羽子は、原判決第一ないし第三目録に記載し、かつ図面に表示するごときものであつて、要するに、頭の材料は皮革で被覆されたコルク体のものなどで一定せず、また頭及びスカート部の構造も、その接合の手段にしたがつて相違しているが、いずれも頭と可塑物製スカート部とから成り、かつそのスカート部は互に同体である支幹を有し、右支幹はそれから延長し、かつそれと同体である多数の力骨を有するバドミントン用羽子であつて、かゝる構造を有する点では共通である。このスカート部の構造は、控訴人の有する本件特許権の内容たる発明の要旨と同一であり、かつ同一の目的を達成するものというべきであるから、これらの羽子は、いずれも頭とスカート部とが別別に作られているとはいえ、そのスカート部の構造において控訴人の本件特許の権利範囲に属し、被控訴人はこれらの羽子を製造販売することによつて、控訴人の本件特許権を侵害しているといわなくてはならない。被控訴人は、仮に控訴人の本件特許の権利範囲がスカート部の構造にのみ存するとしても、被控訴人の製品は本件特許に具えない特徴を有すると主張するが、このような特徴として被控訴人の主張する諸点は、いずれも被控訴人の製品のスカート部の構造が控訴人の特許の権利範囲に属するとの事実を動かすに足るものではなく、また、被控訴人はその製品はその主張の各特許、実用新案を実施するものであつて、本件特許とは関係がないと主張するが、これらの各特許、実用新案がいずれも本件特許より遅れて出願されたことは、被控訴人の主張自体によつて明らかであるから、被控訴人の製品が本件特許の権利範囲に属することにつき一応の疏明を得た以上、たとえこれらの製品が後の特許や実用新案をも実施するものであるとしても、前の特許につき特許法第四十九条の実施許諾を得るのでない限り、前の特許権侵害の事実を左右することができない。
三、原審証人作道善作の証言及び同証言により成立を疏明し得る甲第八号証(同人の報告書)によれば、控訴人は訴外メトロスポーツ株式会社から実施料を得て同社に本件特許権を実施させているところ、被控訴人の前記各製品の製造販売によつて、償うべからざる損害を被るおそれのある事実を一応認め得るので、右損害を避けるため、控訴人より被控訴人に対して提起さるべき特許権侵害禁止請求訴訟の判決確定に至るまで、被控訴人の前記製品の製造、販売、拡布を禁止するとともに、被控訴人の可塑物製羽子の既成品、半製品に対する占有を解いて控訴人の委任する執行吏にその保管を命じ、かつ右執行吏に右物件を封印その他の方法によりその使用及び販売ができぬようにすることを命ずる趣旨の仮処分を求める、控訴人の本件仮処分の申請は理由があつて、これを認容すべきものであるといわなくてはならない。
四、被控訴人はその主張の各特許権、実用新案権の存在することをもつて、民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十七条の規定により仮処分を取り消すべき事由に該当する旨申し立てるが、たとえこれらの権利が存在し、被控訴人がそれを実施しているものとしても、特許法第四十九条の実施許諾を得ない限り、同時にそのことが控訴人の特許権を侵害している事実を阻却するものでないことは、前に説示したとおりであるから、仮にそれらの権利が仮処分後に発生し、かつその効力が仮処分当時にさかのぼるものであつたにしても、そのことをもつて、事情変更により仮処分を取り消すべき事由には該当しないといわなくてはならない。次に、成立に争のない乙第十七、八号証の各一、二によれば、被控訴人は控訴人を相手として、昭和三十一年十一月五日附で、それぞれその主張のごとき特許無効の審判及び特許権利範囲確認の審判を請求して受理された事実が疏明され、被控訴人はこれをもつて本件仮処分の取消の事由たるべき事情の変更があつたものと主張する。しかし、特許権侵害禁止の仮処分において、被保全権利及び仮処分の必要性について疏明がされた以上、該特許権につき単に特許無効審判或いは特許権利範囲確認審判の請求があつたということだけで、実体の権利関係に何らかの影響があつたものとする見解は相当でない。被控訴人は右各審判請求の理由として、控訴人の本件特許権の範囲は「新規ナル工業的発明」でないということ、及び被控訴人の製造する物件が控訴人の権利に牴触しないということを挙げているが、右各審判の結果これらのことが確定されない以上、本件仮処分を取り消すべき事由が発生したとすることはできない。また、特許法第百十八条第二項により訴訟手続を中止するかどうかも、裁判所が事案に即して決定するところであつて、いわんや仮処分を維持すべきや否やは、仮処分の必要性など、別の見地において決せらるべきものである。なお、本件について、保証を立てさせて仮処分を取り消すことを相当とする事由についても、何ら疏明されるところがない。
五、しかし、原審が本件仮処分の保証として供託させた金五十万円の金額は、本件事案につき相当であるとは認められない。右仮処分は控訴人が保証として、右金五十万円に加えて更にこの判決送達の日から十四日以内に金五十万円を供託することを条件として、かつその内容も主文第二項掲記の仮処分につき、その対象を同項記載のとおり訂正したうえで(控訴人は仮処分申請の際にこれを、原判決第一目録の図面記載のような登録第一九五、七四七号特許権の権利範囲に属する可塑物(可塑性物質又はプラスチツクとも称す)製羽子、と表示したが、本件異議訴訟の段階において主文第二項のとおり訂正する旨申し立て、被控訴人がこれらの物件を製造販売していることは、前記のとおり被控訴人の認めるところであるので、本件仮処分の主文もそのように訂正することを相当とする。)、これを認可すべきものであるから、こゝに説示したと異なる見解のもとに右決定を取り消した原判決を不当とする。